今年4月、コーチェラ・フェスティバルに史上最年長(78歳)での出演を果たしたCalypso Rose(カリプソ・ローズ)。フランスのグラミー賞といわれる「Victoires de la Musique」に輝いた2016年のアルバム『Far From Home』につづき、2018年には『So Calypso!』をリリースするなど、新たな充実期に入った感のあるカリプソの女王は、世界各地で精力的に活動中だ。とはいえ、カーニバルシーズンとなれば、やはりトリニダード・トバゴに戻ってくる。今年は、「Forever Young」と題する全3公演のツアーを行った。その初日、2月28日のNAPA(National Academy for the Performing Arts)での公演を見に行ったが、彼女の魅力、音楽の楽しさを、まさに肌で感じるコンサートだった。
会場のNAPAは、独特なデザインの現代的な建物だが、中に入るとクラシックな雰囲気のホールになっている。お客さんの年齢層が高めなこともあり、落ち着いた雰囲気だ。
開演は8:30 pm。まずは、Olatunji Yearwood、Neval Chatelal & Nishard M、Sekon Staといった、若手のソカアーティストが順に登場する。なじみのある曲も、バンドの生演奏で聴くとまた違った味わいがある。バンドのサウンドは全体的に抑制がきいていて、タイトな印象だ。音量は小さめで、そのぶん楽器の細かな音が聞きやすい。特に印象に残ったのはギターで、控えめなオブリガートが心地よかった。それまでソカにギターのイメージはなかったから、驚いた。
このバンドは、Nailah Blackman(ナイラ・ブラックマン)のバンド、Sokah The Bandである。ナイラ自身もコンサートの中盤に登場して、数曲を歌った。そのうちの1曲、「Iron Love」は、このカーニバルシーズンにあちこちで流れていた曲だが、生で聴くと彼女の声の力強さがよくわかる。
ナイラのセットの最後には、この夜の主役、カリプソ・ローズがついにステージに上がった。22歳と78歳、実に56歳差の2人が、楽しそうに歌い、踊る。会場にあたたかい雰囲気が広がった。
つづいてローズは、Machel Montano(マシェル・モンターノ)をステージに呼び、2人のコラボ曲、「Young Boy」と「Leave Me Alone」を披露した。キング・オブ・ソカといわれるマシェルも、ローズの前ではヤングボーイである。大先輩へのリスペクトの気持ちが、視線などからも感じられる。一方、ローズのほうも、年下のアーティストたちとの共演を楽しみ、そこからエネルギーをもらっているようだ。「Forever Young」というコンサートのタイトルどおり、ほんとうに若々しい。
マシェルはソロでも「Famalay」(今年のロードマーチ)などを歌い、NAPAをソカ一色に染め上げた。
そこから休憩を挟み、次にステージに上がったのはSuper Blue(スーパー・ブルー)。自身のバンドを率いて登場した彼は、ソウル色の強い歌を聴かせ、このイベントにアクセントをつけた。ステージパフォーマンスも盛んで、マイクを投げたり、客席に降りていったりして、会場を沸かせる。
そして11:00pmごろ、カリプソ・ローズが再びステージに立った。Sokah The Bandをバックに、ここからはソロのステージとなる。1曲目は「I Am African」。「I love to dance…I love summer heat…I love carnival(踊るのが大好き…夏の暑さが大好き…カーニバルが大好き)」と歌われるこの曲は、カーニバルシーズンに聴くと特にいい。
つづいて、「Back To Africa」では、ギニアから奴隷としてトバゴに連れてこられた曾祖母の故郷への思い、「No Madame」では、家政婦の厳しい労働環境を歌い、カリプソの社会批評性を思い出させる。
ナイラやマシェルとの共演のときとは衣装を替えたカリプソの女王は、自身のステージになって、ますますパワフルになってきたようだ。体を揺らし、シャウトし、終盤には、スーパー・ブルーに負けじと(?)、客席に降りていく。そこでお客さんとワイニーをすると、総立ちとなった会場は最高の盛り上がりを見せた。そしてその勢いのまま、最後は「Fire In Me Wire」で豪快に締める。
終演後、カリプソ・ローズ本人とお会いすることができたが、ステージを降りた彼女は、やさしいおばあちゃんという印象だ。歩くのが少しつらそうに見える。しかしステージに立つと、そして音楽がはじまると、一気にスイッチが入るのだ。体に音楽が染みついているのだなという感じがする。「I Am African」では「I born with rhythm(リズムを生まれ持ってる)」と歌っているが、それに加えて、トリニダード・トバゴの環境によるところもあるのだろう。爆音のソカが響きわたるカーニバルシーズンのこの国に来ると、音楽は体で感じるもの、体で覚えるもの、ということを実感するが、カリプソの女王はまさにそのことを体現していた。
レポート:菅野 楽章 (翻訳家)
写真提供:©LIME Records & ©JITTO